経済学を理解するための考え方
ものごとにはトレードオフがある
何かを改善しようとすれば、別のなにかに悪影響が出る。
政府の歳入を増やしたい
→ 企業より個人を優先し、法人税を上げる
→ 商品の値上げ, 従業員ボーナスの削減, 株主配当の削減
→ 最終的に個人が痛みを受ける
利己的な行動が社会の秩序を作る
自分の利益を追求することによって、他人に利益を与えることがある。 (アダム・スミスの見えざる手)
減らしたいものがあれば高い税金をかけて抑制し、増やしたいものがあれば補助金か減税で促進する。
あらゆるコストは機会費用である
何かを選ぶことは何かを捨てること。このとき捨てたものことを機会費用 (opportunity cost) という。
例えば、フルタイムで大学に通えば、学費と時間を失う。
価格を決めるのは生産者ではなく市場である
値上げ/値下げするのは、企業がそうしたいと思ったからではなく、世の中の需要と供給の変化がそれを可能にしたから。
分業
現代の社会では、一見とても単純な商品が、世界にまたがる複雑な工程でつくられている。
例えば、鉛筆ができるまでのプロセスには以下のようなものがある。
- 北カリフォルニアから木を伐採する
- トウゴマという植物を栽培し、鉛筆の外側に塗る塗料をつくる
- 西インド諸島の植物油やイタリアからやってくる軽石、その他多くのつなぎ物質を混ぜ合わせ、鉛筆の先についている消しゴムをつくる
- 銅と亜鉛を採掘, 製錬し、鉛筆と消しゴムとの接続部分に使われる真鍮をつくる
鉛筆を一からつくりあげることができる人は、世界中のどこにもいない
— Leonard E. Read, I, Pencil, 1958
分業のメリット
- 労働者は得意な仕事に集中できる
- 企業は地の利を生かした事業に集中できる
- 1 つの仕事に集中すると、企業はコア・コンピタンス (その企業の核となる独自の強み) に特化でき、その仕事に習熟しやすい
- 規模の経済 (EOS = Economics Of Scale) (大量生産によって製品ひとつ当たりの生産コストが下がる傾向) を活用できる
需要と供給
高所得国では、市場のやりとりによって生産と消費のバランスが調整される。
これを市場経済という。
財市場
- 企業は製品をつくる → 企業は財の供給者
- 家計は製品を買う → 家計は財の需要者
労働市場
- 家計は労働をする → 家計は労働の供給者
- 企業は労働の対価 (ex. 賃金, 福利厚生) を支払う → 企業は労働の需要者
資本市場
- 家計は企業に投資 (ex. 株式の購入, 銀行への預金) をする → 家計は資本の供給者
- 企業は投資の対価 (ex. 株式配当, 利子) を支払う → 企業は資本の需要者
需要曲線
需要曲線とは、商品の価格と需要量の関係性を表したもの。
- 価格が上がると需要量が減る
- 価格が上がると、購買力が下がり、買えなくなる。 (所得効果)
- 価格が上がると、ほかのもの (代替財) で代用しようとする。 (代替効果)
- 価格が下がると需要量が増える
需要曲線のシフト要因
需要曲線全体が、その形を保ったまま移動する (シフトする) ことがある。
- 所得の変化
- 代替財 (その財の価格の上昇が他方の財の需要量を増大させる財) の価格変化
- 補完財 (その財の価格の上昇が他方の財の需要量を減少させる財) の価格変化
- 年齢構成などの人口構成の変化
- 嗜好の変化
供給曲線
供給曲線とは、商品の価格と供給量の関係性を表したもの。
- 価格が上がると供給量が増える
- 価格が上がると、大きな利益を見込んだ企業が生産量を増やす
- 価格が上がると、大きな利益を見込んだ新規企業の参入を促す
供給曲線のシフト要因
供給曲線全体もシフトすることがある。
- 剤を生産するのに必要となる投入物の価格変化
- 技術革新などによる技術の変化
- 天候や疫病などの自然環境の変化
需要と供給量はやがて一致する → その時の点 (需要曲線と供給曲線の交点) を均衡点という。
価格統制
政府が上限価格や下限価格を設定することを価格統制 (price control) という。
上限価格制
価格の上限値を決めて、それ以上の価格で売ることを禁止する。
代表的な例として、アメリカの家賃規制がある。
- 売り手のモチベーション低下 → 供給量が減る → 品不足
- 物価が上昇しても家賃を引き下げられない → 物件の質が下がる
- その他の名目でお金を請求する → ex. 敷金
- 品不足に乗じて、借りた部屋の一部を高い価格で又貸し
下限価格制
価格の下限値を決めて、それ以下の価格で売ることを禁止する。
アメリカは、農家を保護する目的で一部の農作物に対して下限価格を設定している。
- 供給量が増え、需要量は減少 → 供給量が需要量を上回る
- 一農家当たりの出荷量の制限
- 余った農作物を政府が買い取る
- 農地の価格が上昇
- 農作物が高く売れても、その分だけ高い地代を払えば無意味
- 高い地代を避け、周辺の土地を開墾, 有害な農薬を使い生産量を増やす → 環境破壊
価格の上限/下限を設定しても、需要と供給の力が働かなくなるわけではない。
価格弾力性
需要の価格弾力性
\text{需要の価格弾力性}=\frac\text{需要量の変化率}\text{価格の変化率}
- 需要の価格弾力性 < 1 となる場合 (弾力的)
- ex. 糖尿病の薬であるインシュリンは安いジェネリック薬品で代用できない。
- ex. 依存性の高い喫煙者の場合、タバコの価格弾力性は極めて低い。
- 商品の値上げが利益のアップに繋がる。
- 需要の価格弾力性 > 1 となる場合 (非弾力的)
- ex. オレンジジュースは他のジュースやビタミン C の錠剤などの代替財で代用できる。
- 需要の価格弾力性 = 1 となる場合 (単位弾力的)
供給の価格弾力性
\text{供給の価格弾力性}=\frac\text{供給量の変化率}\text{価格の変化率}
- 供給の価格弾力性 < 1 となる場合 (弾力的)
- ex. 原料の入荷量が限られている。
- ex. 技術者の確保が困難である。
- ex. ピカソの絵は、供給が完全に非弾力的 (供給の弾力性 = 0) である。
- 供給の価格弾力性 > 1 となる場合 (非弾力的)
- 供給の価格弾力性 = 1 となる場合 (単位弾力的)
弾力性は他の問題にも応用できる。
- ex. 所得税率を下げれば人々はもっと働くのか
- ex. 年金の支給額を下げれば高齢者は働くのか
- ex. 積立口座 (NISA, iDeCo, 401k) に対する税額を控除すれば貯蓄率は上がるのか
価格弾力性は短期的には非弾力的でも、長期的には極めて弾力的となる。
つまり、価格は長期的には均衡点におおよそ収束する。
労働市場
- 生産物に対する需要 = 労働に対する需要
- 労働の需要は賃金に対して短期的には非弾力的, 長期的には弾力的
- 賃金の上昇 → 雇った人間を簡単に手放せない → 短期的に非弾力的
- 賃金の上昇 → 生産プロセスの見直し, 機械やテクノロジーの導入 → 大規模な人員削減 → 長期的に弾力的
- フルタイム労働者は労働時間を自由に決められない → フルタイム労働者の労働供給は非弾力的
- パートタイム労働者は労働時間を決められる → パートタイム労働者の労働供給は弾力的
- 人口の増減によって労働の供給曲線が動く (ex. 労働人口の増加 → 労働の供給量が増える)
- 社会的風潮によって労働の供給曲線が動く (ex. 女性の社会進出 → 労働の供給量が増える)
労働市場が抱える問題
最低賃金
最低賃金は、労働市場における下限価格規制の一種である。
最低賃金を引き上げると以下の事象が発生する。
- 非熟練労働者の雇用が減る (最低賃金に見合わない労働者を雇用しなくなる)
- 熟練労働者の賃金が増える
最低賃金の引き上げは、失業率とのトレードオフを考慮する必要がある。
労働組合
労働組合は以下のような役割を担う。
- 契約交渉を通じて組合員の賃金を上げる
- 労働者を支援して生産性を上げる
労働組合が強硬な姿勢をとる → 経営者側は労働組合を縮小させる手段を講じる → 労働組合の衰退 (ex. アメリカの鉄鋼業, 自動車業界)
差別
労働市場における差別とは、性別や人種, 年齢, 宗教などの要素により、雇用機会が奪われたり、給料が他の人よりも低くなったりすることである。
- 差別により学校教育が受けられない → 生産性の低下 → 低賃金
- 雇用主の偏見 → 低賃金
- 生産性は高いのに賃金が割安
- やがて偏見のない雇用主が正当な給料で雇う → 市場の仕組みが差別を解消
- 他の従業員や重要顧客の偏見 → 当人がやる気をなくす → 生産性の低下
- 偏見のない雇用主であっても給料が下がる → 市場の仕組みが差別を助長
福利厚生
会社にとっては、給料を払うことも福利厚生費を払うことも、同じ費用である。
- 労働市場における均衡賃金 = 福利厚生を含めた全体の費用
- 給料の一部を削って福利厚生費に充てている → 福利厚生の費用を払うのは従業員自身
完全競争と独占
完全競争
数多くの企業が同じような製品 (ex. ガソリン, 農作物) を生産している状態。
- 市場の価格をそのまま受け入れるしかない → 価格受容性
- 実際には完全に同一の製品というのはほとんど存在しない
独占
1 つの売り手が市場の売上の大半を締めている状態。 (ex. 郵便配達, ゴミ収集, 電気)
独占は以下の 2 つの理由から生まれる。
- 市場への新規参入を阻む障壁 (ex. 特許, 法律) がある
- 大規模のほうが低コストで生産できる → 新規参入が困難 → 自然独占
扱っている製品の需要の価格弾力性が低ければ、自由に価格を上げられる。
独占的競争
多くの企業が差別化された商品で競う状態。
製品の需要の価格弾力性が低くても、独占ほど自由に価格を上げれない。
寡占
数少ない企業が史上のシェアをほとんど占めている。
寡占市場には以下の 2 通りがある。
- 企業同士が競争して価格を引き下げている
- 企業同士が結託して価格を引き上げている
日本の独占禁止法における規制類型
- 私的独占
- 不当な取引制限
- 不公正な取引方法
競争の程度を測る指標
- 4 社以下事業者事業分野占拠率 (four-firm concentration ratio)
- 上位 4 事業者の事業分野占拠率 (シェア) の合計
- HHI (= Herfindahl-Hirschman Index)
- 市場に参加している全企業のシェアの数値の 2 乗の合計 (最大 10,000)
個別の市場を切り分けることは難しい
- Du Pont のセロファンのケース
1956 年に Du Pont はセロファン市場におけるセロファン生産の 70%
を占めていたが、柔包装市場では 20% 以下だった。
- Microsoft の Windows OS のケース
1990 年代に Microsoft の Windows は OS 市場の 80%
のシェアを占めていたが、ソフトウェア市場におけるシェアは小さかった。
規制と規制緩和
市場競争が上手くいかないケース
大規模なネットワーク構築に膨大なコストがかかる事業は新規参入の敷居が高い → 独占になりやすい。
例えば以下のような事業がある。
- 鉄道事業
- 航空事業
- 電気・水道・ガスなどの公共インフラ
複数の起業が競争状態にあったとしても、ネットワークの構築後は以下のいずれかが起こる。
- 価格競争によってネットワーク構築コストを返済できなくなり破産
- 合併して独占状態になる → 自然独占
価格規制
総括原価方式
生産コストに利益 (競争市場の平均利益率に基づく) を上乗せして販売価格を決定する。
- 常に利益が保証される -> コスト削減や業務効率化が促進されない。
料金上限方式
規制当局が一定の価格を決め、一定期間その価格を変えない取り決めをする。
- 期間中はコスト削減により利益が増える。
- 規制機関が被規制側の勢力に支配されるリスク → 規制の虜
外部性
ある経済の意思決定が他の経済主体に影響を及ぼすこと。
負の外部性
負の外部性の典型例は環境汚染である。
負の外部性の対処手法には以下のようなものがある。
コマンド・アンド・コントロール (C&C = Command and Control)
命令と管理によって負の外部性を規制する。 (ex. 汚染物質の排出量を制限する)
経済的手法
市場原理を利用する方法。
- 汚染物質の排出量に応じて課税する。 (ex. 環境税)
- 汚染物質を一定量排出する権利 (ex. 二酸化炭素の排出権) を与え、その権利を他社と売買すること (排出量取引) を認める。
正の外部性
正の外部性の典型例は技術革新である。
技術革新を促すには、発明者に対して人為的な発明の占有権 (専有可能性) を与えなければならない。
知的財産権
著作権
思想・感情の創作的表現を保護する。
著作者の死後 70 年がすぎると、著作者の財産的権利である著作財産権 (複製権, 翻案権) が自由解放される。
産業財産権
- 特許権
発明の公開の代償として、特許権者が一定期間その発明を独占的に実施する権利を保護する。
出願をした日から 20 年がすぎると、その発明の実施が自由解放される。
- 実用新案権
- 物品の形状に係る考案を保護する。
- 意匠権
- 工業デザインを保護する。
- 商標権
- 商標に化体した業務上の信用力を保護する。
公共財
以下の性質の度合いが高いものを公共財という。
- 財の消費が増えても、追加的な費用なしには財の便益が保たれる性質 (非競合性)
- 対価を支払わずに財を利用しようとする行為を排除できない性質 (非排除性)
正当な対価を払わわずに公共財の利用する人のことをフリーライダーという。
公共財の代表例には以下のものがある。
- 公衆衛生対策
- 道路
- 科学研究
- 教育・知識
財の分類
競合性 | 排除性 | 分類 |
---|
有 | 有 | 私的財 |
有 | 無 | コモンプール財 (公共資源) |
無 | 有 | クラブ財 |
無 | 無 | 公共財 |
貧困と福祉
生活に必要なものを購入できる最低限の収入を表す指標を貧困線という。
貧困線
- アメリカ合衆国の貧困線
生活費を食費の 3 倍として、収入が生活費を下回れば貧困とみなす。
(オーシャンスキーの貧困線)
- 日本の貧困線
- 国民貧困線は公式設定されていない。
生活保護
日本国憲法第 25 条や生活保護法に基づき、資力調査 (ミーンズテスト) を行い、困窮の程度に応じて要保護者に扶助する。
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
日本国憲法第 25 条
- 貧困線を超えるまでは、1 円稼ぐごとに国からの給付が 1 円減るという状態
- 働かない方が得 → 労働に意義を見出だせなくなる問題 (負の所得税)
情報の非対称性
情報の非対称性とは、市場における各主体が保有する情報に差があるときの情報構造の性質である。
逆選択
情報の非対称性が存在する状況における市場の失敗のこと。
実際に購入しなければ真の品質を知ることができない財 (ex. 中古車) が取引される市場では、悪質な財 (レモン) が流通する逆選択ばかりが起こるためレモン市場と呼ばれる。
シグナリング
情報優位者が商品の品質に関する情報 (シグナル) を情報劣位者に間接的に示す方法。
- ex. 品質保証書, 労働市場におけるリファレンスや資格, 免許
スクリーニング
情報劣位者が情報優位者にいくつかの案を示し、その選択を通して情報を開示させる。
- ex. 自動車保険会社が走行距離に応じた複数の割引保険を提示 → 加入者の自動車利用頻度が分かる
モラル・ハザード
保険が被保険者のリスク回避や注意義務を阻害する現象。
- ex. 自動車保険が交通事故の損害が補償 → 加入者の注意が散漫になる → 事故の発生確率が上がる
- ex. 医療保険が診察料の半分以上を保険で支払う → 加入者が健康管理の注意を怠る → 病気にかかりやすくなる
企業と政治のガバナンス
プリンシパル=エージェント理論
ある行為主体 (プリンシパル) が、自らの利益のための労務の実施を、他の行為主体 (エージェント) に委任すること。
- ex. 株主 (プリンシパル) と経営者 (エージェント)
- ex. 経営者 (プリンシパル) と従業員 (エージェント)
- ex. 国民 (プリンシパル) と政治家 (エージェント)
エージェントがプリンシパルの利益に反して、自身の利益を優先した行動をとること (エージェンシー・スラック) は前述のモラル・ハザードの一種である。
エージェントが誠実に職務を遂行しているかを監視 → プリンシパルは多大な労力を払う必要がある。 (エージェンシー費用)
参考文献
- ティモシー・テイラー, スタンフォード大学で一番人気の経済学入門 ミクロ編, 2019
- Wikipedia, 機会費用
- Wikipedia, 需要と供給
- Wikipedia, 弾力性
- Wikipedia, 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
- Wikipedia, 規制の虜
- Wikipedia, 著作権
- Wikipedia, 著作権の保護期間
- Wikipedia, 特許
- Wikipedia, 外部性
- Wikipedia, 公共財
- Wikipedia, 貧困線
- Wikipedia, 情報の非対称性
- Wikipedia, レモン市場
- Wikipedia, プリンシパル=エージェント理論