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フリーランスエンジニアについて知ってほしいこと

フリーランスという仕事のやり方に対して「フリーランスは地獄だぞ」と注意喚起する人は多い。 ここで自分の主張をハッキリさせておくと、待遇というのは長期的にはその人の市場価値と一致する。 待遇が契約形態によって大きく上下することはほぼない。 フリーランスについて詳しく調べたこともない人々が口々にそう言っているのは「周囲がそう言っているから」という理由が大きいだろう。

待遇を大きく左右するのは「職種」や「市場価値」であるにも関わらず、 職種の違いを考慮せずにフリーランスと正社員の手取り収入を比較しただけのガバガバレポートは多く存在する。 相関は因果ではない。 この記事ではエンジニアという職種に着目してフリーランスという契約形態を考察していく。

そもそもフリーランスが地獄と言われる理由

  1. フリーランスのほとんどはイラストレータやデザイナーなどのクリエイティブな職種である。 クリエイティブな職種は誰もがやりがいを感じやすいので競争率が高い。 故に雇用形態に関係なく業界そのものがブラックな環境になりやすい。 またブラックな環境だからこそ、自分を雇用している会社を仮想敵とみなしてノープランで独立してしまう人も観測上多い。
  2. クライアントとの契約形態が請負契約であることが多い。 経費の負担や納品後の瑕疵担保責任を考えると、作業時間当たりの実際の収入の期待値は額面報酬から大幅に乖離することが多い。 また、事業税の納税義務も発生する。
  3. 新卒からの早期退職者が多い。 一度早期退職をしている人材を前に「時間をかけて研修して長期雇用で元を取る」という正規雇用の基本戦略は会社側からするとリスクでしかない。 これは フリーランスが不利なのではなく、不利になった人材がフリーランスになりがちということだ。

フリーランスエンジニアでは事情が異なる理由

  1. クライアントとの契約形態が準委任契約であることが多い。責任は瑕疵担保責任ではなく善管注意義務となる。 善管注意義務違反による損害賠償は非常に安価な保険でリスクを移転できる。 また事業税の課税業種に該当しないため、事業税の納税義務も発生しない。
  2. 経費がほとんど発生しないので、比較的に額面報酬と手取り収入の差が他の業種と比べて小さい。

フリーランスになると控除額が変化する

  1. 正社員の社会保険は会社が半額を負担するが、フリーランスの社会保険は全額負担となり、保険料の負担額が倍になる。
  2. 協会や組合の健康保険から国民健康保険に変更となる。原則として国民健康保険料の方が高い。 「文芸美術国民健康保険に加入することで保険料が一定になる」という情報もあるが、加入審査が厳しく、少なくとも最近ではエンジニアが加入できた事例がない。 正社員であった期間に加入していた協会や組合の健康保険を退職後の一定期間継続して加入できる「任意継続」が申請できる場合もあるので、必ず退職前に確かめる。
  3. 正社員の給与から控除されていた給与所得控除がなくなる。 これは給与のうち一定額を経費だとみなして課税退職額から控除する制度だと思っていい。 つまり「正社員であった期間に自費負担していたが実態として経費であるもの」の年間総額が給与所得控除より低ければ損になる。 経費の少ないエンジニアにとっては損するケースが多いのではないだろうか。
  4. 前述の通り、準委任契約のフリーランスエンジニアは該当しないが、殆どの業種で事業税の納税義務が発生する。

フリーランスになると事務作業を自分で担当しなければならない

フリーランスになると、今まで会社事務が担当していた経理などを自分で行わなければならなくなる。

とはいえ、この問題は便利なクラウド会計サービスの登場によって気にならなくなった。 個人用と事業用で口座を分けておけば、ほとんどの経費は自動仕訳で十分だ。 そもそも準委任契約のフリーランスエンジニアに経費はほとんど発生しない。

フリーランスになると三種の神器を失う

日本の正社員には「終身雇用」「年功賃金」「労働組合」という三種の神器が存在する。 年功賃金に関しては見たことがないような気もするが。この中で最も強力なのが「終身雇用」だろう。

日本の労働基準法では「解雇規制」という一度採用した正社員の解雇を原則禁止する規制がある。 会社の業績が低迷している場合に、役員報酬の削減などの解雇回避努力をし、かつ解雇する社員の一ヶ月分の給与に相当する解雇予告手当を支払うことを条件にようやく解雇することが認められる。 解雇する社員が試用期間中であっても解雇予告手当の支払いは免れない。

この「解雇規制」が日本の雇用に及ぼした影響をよく考えてみてほしい。 解雇規制のない国では「ジョブ型雇用」が中心である。 これは会社が自社の定めるパフォーマンス基準を満たさない社員を解雇できるからこそ成立する。 それに対し、日本の雇用では「メンバーシップ雇用」が基本となる。 厳しい解雇規制が存在する日本においてジョブ型雇用は「会社が定めるパフォーマンス基準に到達しなかった社員を解雇できない」という点で破綻する。 社員があるジョブで仕事のパフォーマンスが悪ければ、その人がパフォーマンスを発揮できる他のジョブを探して再教育する必要がある。 この日本の習慣をよく表しているのが「 新卒一括採用 」「 総合職 」だ。

メンバーシップ雇用のメリットは「経済成長」と「研究開発」だろう。 終身雇用が保障されていると住宅ローンなどの長期ローンなどに手を出しやすい。 また研究職も雇用が保障されていれば安心して長期的な研究に取り組むことができる。 この終身雇用制度のメリットにいち早く目をつけ、会社の方針として導入したのがインテル, IBM, ヒューレット・パッカードだ。

フリーランスという契約形態と正しく向き合う

準委任契約のフリーランスと正社員の最も大きな違いはこの「解雇規制の有無」だ。 上述した控除額や年金制度の違いは全て忘れていい。 お金の問題は最も些細な問題だ。 額面報酬からの控除額が大きいというのならその分だけ高い額面報酬を交渉すればいいだけだ。

最大の違いは「解雇規制がないこと」だ。

私は参画報酬に対しては希望額で交渉するようにしている。 正社員だった時代と比較して、私がここまで報酬の交渉に積極的になれたのは、フリーランスに解雇規制がないことが大きな理由になっている。 クライアントの「延長拒否の権利」を逆に「自分はこの案件に貢献するだけのスキルを十分に有している」というシグナリングに利用しているわけだ。 「もし割に合わないと思ったらいつでも延長拒否してくれや」というシグナルを発信しつつ交渉することで、自分に対するメリットはもちろん、クライアントに対しても「長期に渡って高いモチベーションで結果を出し続ける」という win-win な関係を築けてきたと、少なくとも自分は思っている。

思えば「年収は結果を出してから交渉しよう」と思って妥協した年収で入社し、成果を上げる前に燃え尽きたり、成果に対する評価に不満を抱いて早期退職というこれまでのパターンは誰一人として得をしていない。

フリーランスになることについて「リスクを恐れるな」と言うと、よく「(たとえノープランでも) 実行あるのみ」と解釈されがちなので好きではない。 「リスクをコントロールしろ」がこの記事で最も伝えたかったことだ。