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ブラック・ショールズ方程式

前提知識

ヨーロピアン・コール・オプション

とある金融商品を特定の時点で購入する権利を ヨーロピアン・コール・オプション (European call option) という。

ヨーロピアン・コール・オプションは、とある金融商品を特定の時点で (ヨーロピアン) 購入する (コール) 権利 (オプション) という意味に対応している。

用語意味
アメリカン特定の期間内で
ヨーロピアン特定の時点で
コール購入する
プット売却する

ヨーロピアンタイプはアメリカンタイプに比べ、特定の時点 (満期) でしか権利を行使できない分、オプションの価格が安くなる。

一物一価の法則

経済学における概念で「完全競争市場において同一の商品は同じ価格で取引される」という法則を 一物一価の法則 (law of one price) という。

金融においても同様に、「同一のリスク・リターン特性を持つ商品は同じ価格で取引される」という一物一価の法則が成り立つ。

完全競争市場 (perfect competition market) とは、次のような条件を満たす市場を指す。

  1. 多数の売り手と買い手が存在する
  2. 市場への参入・退出が自由である
  3. 市場で取引される財やサービスは同質である
  4. 買い手と売り手が財やサービスに関する情報をすべて共有している (情報の対称性)
完全競争市場における一物一価の法則の証明 (注: 厳密でない)

商品 AA と商品 BB は同一の商品であるとする。

PA=商品Aの価格PB=商品Bの価格C=市場間の取引コスト (輸送費など)\begin{aligned} P_A &= \text{商品} \, A \, \text{の価格} \\ P_B &= \text{商品} \, B \, \text{の価格} \\ C &= \text{市場間の取引コスト (輸送費など)} \\ \end{aligned}
  1. もし PA>PB+CP_A > P_B + C とすると、AA を売り、BB を買うことで CC の利益が得られる。(これを 裁定取引 (arbitrage) という) これにより商品 AA の価格が下がり、商品 BB の価格が上がる。
  2. 逆に PA<PBCP_A < P_B - C とすると、AA を買い、BB を売ることで CC の利益が得られる。 これにより商品 AA の価格が上がり、商品 BB の価格が下がる。
  3. 均衡状態では PAPBC|P_A - P_B| \leq C となる。

以上より PAPBC|P_A - P_B| \leq C に収束することが分かる。

更に取引コストが無視できるほど小さい場合、つまり C0C \approx 0 のとき、PAPBP_A \approx P_B となる。

複製ポートフォリオ

任意のヨーロピアン・コール・オプションは、将来の損得が一致するようなポートフォリオを株式と債券を組み合わせることによって構築できる。 これを 複製ポートフォリオ (replicating portfolio) という。

また、一物一価の法則により、ヨーロピアン・コール・オプションの価格はその複製ポートフォリオの価格と等しくなることから、複製ポートフォリオの価格を計算することでヨーロピアン・コール・オプションの価格を求めることができる。

以下の方法で複製ポートフォリオを構築するものとする。

  1. 時刻 tt において、株式と債券をそれぞれ p(t),q(t)p(t), q(t) だけ保有しているとする
  2. 時刻が t+Δtt + \Delta t になり、株式と債券の価格がそれぞれ S(t+Δt),B(t+Δt)S(t + \Delta t), B(t + \Delta t) に変化したとする
  3. 複製ポートフォリオのリスク・リターン特性がヨーロピアン・コール・オプションと一致するように p(t+Δt),q(t+Δt)p(t + \Delta t), q(t + \Delta t) を調整する。 ただし、この調整の前後で、株式と債券の保有額の合計は変化しないものとする。 このような取引の性質を 自己資金充足 (self-financing) という。

自己資金充足

自己資金充足とは、取引の際に自己資金を投入することなく、ポートフォリオの保有比率を変更することができる取引の性質を指す。

つまり、複製ポートフォリオの構築で、時刻 t+Δtt + \Delta t における株式と債券の保有量 p(t+Δt),q(t+Δt)p(t + \Delta t), q(t + \Delta t) を調整する際には

ΔpS(t+Δt)+ΔqB(t+Δt)=0\Delta p S(t + \Delta t) + \Delta q B(t + \Delta t) = 0

が成り立つ。

ブラック・ショールズ方程式の導出

求めたいヨーロピアン・コール・オプションの時刻 tt における価格を C(t)C(t) とする。 また、時刻 tt における株式と債権の価格をそれぞれ S(t),b(t)S(t), b(t) とし、次の確率微分方程式に従うとする。

dS=aSdt+bSdWdb=rbdt\begin{aligned} dS &= a S dt + b S dW \\ db &= r b dt \\ \end{aligned}

一般的に国債のリスクは極めて小さいと考えられているため、国債の価格 b(t)b(t)WW に依存しないと仮定している。

時刻 tt において複製ポートフォリオに含まれる株式と債券の保有量をそれぞれ p(t),q(t)p(t), q(t) とすると、複製ポートフォリオの価格は

C(t)=p(t)S(t)+q(t)b(t)C(t) = p(t) S(t) + q(t) b(t)

と表せる。

両辺を微分すると

dC=dpS+pdS+dqb+qdb(1)dC = dp S + p dS + dq b + q db \tag{1}

自己資金充足の性質から、dpS+dqb=0dp S + dq b = 0 を代入すると

dC=pdS+qdbdC = p dS + q db

また

dS=aSdt+bSdWdb=rbdt\begin{aligned} dS &= a S dt + b S dW \\ db &= r b dt \\ \end{aligned}

を代入すると

dC=p(aSdt+bSdW)+qrbdt=(apS+qrb)dt+bpSdW(2)\begin{aligned} dC &= p (a S dt + b S dW) + q r b dt \\ &= (a p S + q r b) dt + b p S dW \tag{2} \end{aligned}

が導ける。

また、(1)(1) に対して伊藤の公式を適用すると

dC=[Ct+CSaS+122CS2b2S2σ2]dt+CSbSdW(3)\begin{aligned} dC = \left[ \dfrac{\partial C}{\partial t} + \dfrac{\partial C}{\partial S} a S + \dfrac{1}{2} \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} b^2 S^2 \sigma^2 \right] dt + \dfrac{\partial C}{\partial S} b S dW \tag{3} \end{aligned}

(2),(3)(2), (3) より dCdCdt,dWdt, dW の係数を比較すると

apS+qrb=Ct+CSaS+122CS2b2σ2S2bSCS=bpS\begin{aligned} a p S + q r b &= \dfrac{\partial C}{\partial t} + \dfrac{\partial C}{\partial S} a S + \dfrac{1}{2} \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} b^2 \sigma^2 S^2 \\ b S \dfrac{\partial C}{\partial S} &= b p S \end{aligned}

が導ける。

p=CS,qb=CpS=CSCSp = \frac{\partial C}{\partial S}, q b = C - p S = C - S \frac{\partial C}{\partial S} を代入すると

Ct+aSCS+12b2σ2S22CS2=aSCS+r(CSCS)Ct+rSCS+12b2σ2S22CS2=rC\begin{aligned} \dfrac{\partial C}{\partial t} + a S \dfrac{\partial C}{\partial S} + \dfrac{1}{2} b^2 \sigma^2 S^2 \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} &= a S \dfrac{\partial C}{\partial S} + r (C - S \dfrac{\partial C}{\partial S}) \\ \dfrac{\partial C}{\partial t} + r S \dfrac{\partial C}{\partial S} + \dfrac{1}{2} b^2 \sigma^2 S^2 \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} &= r C \end{aligned}

となり、ブラック・ショールズ方程式が導かれる。

ブラック・ショールズの公式の導出 (不完全)

Ct+rSCS+12b2σ2S22CS2=rC\dfrac{\partial C}{\partial t} + r S \dfrac{\partial C}{\partial S} + \dfrac{1}{2} b^2 \sigma^2 S^2 \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} = r C

ここで SSS \frac{\partial}{\partial S} に注目すると

SS=SS=logSS \dfrac{\partial}{\partial S} = \dfrac{\partial}{\frac{\partial S}{S}} = \dfrac{\partial}{\partial \log S}

となることから y=logSy = \log S とおいてみると

S=eyS=ySy=1Sy=eyySCS=eyeyCy=CyS22CS2=e2y(eyy)2C=eyy(eyCy)=ey(eyCy+ey2Cy2)=2Cy2Cy\begin{aligned} S &= e^y \\ \dfrac{\partial}{\partial S} &= \dfrac{\partial y}{\partial S} \dfrac{\partial}{\partial y} = \dfrac{1}{S} \dfrac{\partial}{\partial y} = e^{-y} \dfrac{\partial}{\partial y} \\ S \dfrac{\partial C}{\partial S} &= e^y e^{-y} \dfrac{\partial C}{\partial y} = \dfrac{\partial C}{\partial y} \\ S^2 \dfrac{\partial^2 C}{\partial S^2} &= e^{2y} \left( e^{-y} \dfrac{\partial}{\partial y} \right)^2 C = e^y \dfrac{\partial}{\partial y} \left( e^{-y} \dfrac{\partial C}{\partial y} \right) = e^y \left( -e^{-y} \dfrac{\partial C}{\partial y} + e^{-y} \dfrac{\partial^2 C}{\partial y^2} \right) = \dfrac{\partial^2 C}{\partial y^2} - \dfrac{\partial C}{\partial y} \end{aligned}

より

Ct+rCy+12b2σ2(2Cy2Cy)=rC\dfrac{\partial C}{\partial t} + r \dfrac{\partial C}{\partial y} + \dfrac{1}{2} b^2 \sigma^2 \left( \dfrac{\partial^2 C}{\partial y^2} - \dfrac{\partial C}{\partial y} \right) = r C

ここで

u=erτCτ=Ttx=y+(r12b2σ2)τbσ\begin{aligned} u &= e^{r \tau} C \\ \tau &= T - t \\ x &= \dfrac{y + (r - \frac{1}{2} b^2 \sigma^2) \tau}{b \sigma} \end{aligned}

とおくと以下の熱方程式に帰着できる。

uτ=122ux2\frac{\partial u}{\partial \tau} = \frac{1}{2} \frac{\partial^2 u}{\partial x^2}

この熱方程式の解は

u(x,τ)=12πe12x2ϕ(x)dxu(x, \tau) = \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} \int_{-\infty}^{\infty} e^{-\frac{1}{2} x^2} \phi(x) dx

であることが知られている。

これを逆変換すると

C(S,t)=SN(d1)Ker(Tt)N(d2)whered1=log(SK)+(r+12b2σ2)(Tt)bσTtd2=log(SK)+(r12b2σ2)(Tt)bσTtN(x)=12πxe12x2dx\begin{aligned} C(S, t) &= S \mathcal{N}(d_1) - K e^{-r (T - t)} \mathcal{N}(d_2) \\ \text{where} \quad d_1 &= \dfrac{\log \left( \frac{S}{K} \right) + \left( r + \frac{1}{2} b^2 \sigma^2 \right) (T - t)}{b \sigma \sqrt{T - t}} \\ d_2 &= \dfrac{\log \left( \frac{S}{K} \right) + \left( r - \frac{1}{2} b^2 \sigma^2 \right) (T - t)}{b \sigma \sqrt{T - t}} \\ \mathcal{N}(x) &= \frac{1}{\sqrt{2 \pi}} \int_{-\infty}^x e^{-\frac{1}{2} x^2} dx \end{aligned}

となり、ブラック・ショールズの公式が導かれる。